劣等感について(1) ―劣等感は、生きるためのエネルギー?―

靴を履かせてほしい娘ちゃんと、靴を履かせたい息子ちゃん。見ていて微笑ましいです。^ ^
靴を履かせてほしい娘ちゃんと、靴を履かせたい息子ちゃん。見ていて微笑ましいです。^ ^

ビンボーパパです。

急に寒くなってきました。衣替えしてないし、厚手の掛布団も出してないし…。ヤバいヤバい。
みなさんも、風邪をひかぬようにご自愛を。
(*´ω`σ)у口

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劣等感って何?

私は、幸せになるためのキーワードの一つが「劣等感」なんじゃないかと思っています。

そもそも「劣等感」って何なんでしょう?この言葉、私たちは普通に使ってますけど…。ちなみに、劣等感についてネットで調べると、次のように書いてありました。↓
( ..)φメモメモ

自分が他人より劣っているという感情。インフェリオリティーコンプレックス。「劣等感を抱く」⇔優越感。

『デジタル大辞泉』

自分が他人より劣っているという感情。…まあ、確かにそうです。

ここでは劣等感についてもう少し掘り下げてみて、「なんで、自分が他人より劣っているという感情を抱いてしまうのか?」「劣等感と向き合うにはどうすればいいのか?」などについて考えてみようと思います。

劣等感の前に、まずは優越性の追求について

優越性の追求とは

これを説明するために、まずは「優越性の追求」(なんじゃ、その言葉は??)について書こうと思います。「優越性の追求」ってなんぞや?っていうと…。↓

まず、人は無力な存在としてこの世に生を受けます。そしてその無力な状態から脱したいと願う、普遍的な欲求を持っています。アドラーはこれを「優越性の追求」と呼びました。…(中略)…ここでは簡単に「向上したいと願うこと」「理想の状態を追求すること」と考えていただければいいでしょう。たとえば、よちよち歩きの子どもが二本足で立つようになる。言葉を覚え、周囲の人々と自由に意思の疎通ができるようになる。われわれは皆、無力な状態から脱したい、もっと向上したいという普遍的な欲求を持っています。

『嫌われる勇気』(p.79)

つまり、人は誰しも「今の自分よりも、もっとよくなりたい。今までできなかったことが、できるようになりたい」と願って生きているってことです。

例えば、私は子育ての中でしょっちゅうイライラして、怒りが爆発しています。私、瞬間湯沸かし器なので…。↓
^^;

子育てとイライラ
ビンボーパパは、育児・家事・仕事で毎日がてんてこ舞い…。まるで先の見えない綱渡りをしているようです。そして私は子どもたちに対して、まあよく怒ります。朝5回、夜15回、足して一日20回くらい…(笑)。それでは、いったいどんな時に怒るのかというと…

ですが、本当のところはイライラを怒りに変えたくない。
(゚ω゚)(。_。)ウンウン

もっと言うと、子育てでイライラしたくない。
(*´・д`)-д-)))ソゥソゥ

それとも、子育てがうまくできるようになりたい、とでも表現しましょうか。そんな風に「もっと○○ができるようになりたい」と思いながら毎日過ごしています。まぁ、言うは易し…なんですが(笑)。↓

子どもに怒りそうになったら ―イライラを鎮める3つの方法―
「子育て」と「怒ること」とは、切っても切れない関係があります。子育ての中で怒るのは仕方のないこと。でも、誰しも好き好んで子どもに怒るわけではありません。では、子どもに怒らないようにするには、どうすればいいのか…?

これも、ひとつの「優越性の追求」と言ってもいいと思います。

私の子どもちゃんと優越性の追求

他には、うちのかわいいかわいい子どもちゃんとか。

彼らの日々の成長には、そばで見ていて本当にびっくりさせられます!

例えば、上の息子ちゃん。彼は、言葉の引き出しがどんどん増えてるし、恐竜作りとか料理なんかを通して手先がずいぶんと器用になってるし、わがままな妹とうまくやりあえるようになって、コミュニケーションが上手になってるし…。

これらも、「もっとこれができるようになりたい!あれができるようになりたい!!」という「優越性の追求」のなせる技なんじゃないかと思います。

あと、下の娘ちゃん。

彼女は目下、絶賛トイトレ(トイレトレーニング)中です。調子がいい日は全然漏れないんですが、調子が悪い日は、2回も3回も漏れて着替えるんです。だからそんな日には、おしっこで濡れた服とか、おしっこで濡れた布団とかを大量に持って帰ってきてくれます(通称「お土産」(笑))。たぶん彼女は毎日、「お兄ちゃん・お姉ちゃんみたいに、おしっこ漏らしたくなーいっ!」って頑張ってるんだと思います。

子どもたちの成長を見ていると、「もっと○○できるようになりたい」というパワーの強さを感じます。

もっと上手にパズルをはめたい娘ちゃん。鹿児島県をはめるのに苦労しているようです。^ ^

もっと上手にパズルをはめたい娘ちゃん。鹿児島県をはめるのに苦労しているようです。^ ^

…それにしても、トイトレ中の子どもにはまぁ手がかかりますね。イヤイヤ期もそうでしたけど…。
(๑꒪▿꒪)*。_。))ウンウンღ

優越性の追求と劣等感

劣等感とは

ここまで、私たちが持っている「優越性の追求」について書きました。この「優越性の追求」について回るのが、「劣等感」というものです。↓

われわれは皆、無力な状態から脱したい、もっと向上したいという普遍的な欲求を持っています。…(中略)…これと対をなすのが、劣等感です。人は誰しも、優越性の追求という「向上したいと思う状況」にいる。なんらかの理想や目標を掲げ、そこに向かって前進している。しかし理想に到達できていない自分に対し、まるで劣っているかのような感覚を抱く。たとえば料理人の方々は、その志が高ければ高いほど「まだまだ未熟だ」「もっと料理を極めなければならない」といった、ある種の劣等感を抱くでしょう。…(中略)…アドラーは「優越性の追求も劣等感も病気ではなく、健康で正常な努力と成長への刺激である」と語っています。劣等感も、使い方さえ間違えなければ、努力や成長の促進剤となるのです。

『嫌われる勇気』(p.79,80)

もっと詳しく書くと、人は誰しも「もっと○○できるようになりたい」という欲求を持っています(優越性の追求)。でも、その欲求がすべて叶うわけではありません、残念なことですが…。
(・д・`;)

例えば、私たち親が子育ての中で本当は子どもに怒りたくなくっても、みんながみんな、怒らずに済ませられるわけじゃありません。私みたいに(笑)。どうしても子どもに怒っちゃう時ってありますよね?他にも、みんながみんなテストで高い点を取れるわけでもないし、仕事が器用にできるわけでもないし、速く走れるわけでもありません…。

「もっと○○できるようになりたい」と願う時、そこには「でも、○○できない」という現実が必ず付いてきます。つまり、「もっと○○できるようになりたい」という欲求と、「でも、○○できない」という現実は、裏表の関係にあるんですね。この、人が持っている欲求と現実とのギャップのことを、アドラーは「劣等感」と呼んでいます。

ちなみに、「劣等感」という言葉を今使われているような意味で初めて使ったのが、アドラーなんだそうですよ。(『嫌われる勇気』(p.74))

劣等感そのものは、悪くない

この「劣等感」ですが、さっき引用したように、「劣等感」それ自体は悪いものじゃありません。「劣等感」をバネにして努力したり前向きになったりできるんなら、「劣等感」は悪いものなんかじゃなくって、むしろいい方向に作用するってことですね。
^ ^

でも、「劣等感」がいい方向じゃなくって、悪い方向に作用してしまう人もいます。↓
(-“-)

ところが、一歩踏み出す勇気をくじかれ、「状況は現実的な努力によって変えられる」という事実を受け入れられない人たちがいます。なにもしないうちから「どうせ自分なんて」「どうせがんばったところで」と、あきらめてしまう人たちです。

『嫌われる勇気』(p.80)

一歩踏み出すというのは、つまり、「劣等感」をバネにして前に進もうとする、ということ。

一歩踏み出す勇気を持てるのが理想なんでしょうが、中にはそれができない人がいる、ということです。偉そうにこんなこと書いてますが、そんな私も、なかなか一歩が踏み出せない人の中の一人です。

私が毎日のように使っている電車。電車は常に前に向かって走っています。私も電車のようにありたい…。

私が毎日のように使っている電車。電車は常に前に向かって走っています。私も電車のようにありたい…。

ビンボーパパと劣等感

例えば、人とのコミュニケーションとか。これ言っちゃうと、ほぼ、生活全般に当てはまっちゃうんですけどね…。前にも書いたんですけど、私は他人と話すのが超絶怒涛に苦手なんです。
ガクガクブルブル((;゚Д゚))

少しだけ楽に生きる方法 ―すべての悩みは対人関係の悩み―
あなたには何か悩み事がありますか?仕事の悩み、育児の悩み、対人関係の悩み、自分自身のコンプレックスに関する悩み…。ビンボーパパの悩みは、挙げればきりがありません。ところが、「嫌われる勇気」にはこう書いてあります。「すべての悩みは対人関係の悩みである…」

「他人と話すのが超絶怒涛に苦手」って言っても、誰彼かまわず話すのムリ!ってわけじゃありません。家族とも、友達とも、仕事仲間とも、普通に話せますよ。私が人と話してるのを側から見れば、たぶん、「普通の人」に感じられるはずです。

ところがどっこい、「普通に」話せなくなる時がたまーにやってきます。それは、「なんか、相手からよく思われてないんじゃないかなぁ…」「なんか、この人今忙しそうで、ピリピリしててそうで、話しかけたら迷惑かなぁ…」なんて考えてしまう時です。

そうなると、負のループが始まります。

①「この人に話しかけなきゃいけない…。」
②「でも、この人に話しかけるの、嫌だなぁ。話しかけたら、嫌に思われるかなぁ…。迷惑かなぁ…。」
③「いや、相手が私のことをどう思うかは他者の課題。私には関係ない!よし、いくぞっ!!」
④「…やっぱり無理ー。できんっ…」
①に戻る「……いや、でも、話しかけんと。」

以下、繰り返し

調子がいい時はこんなこと考えないんですが、調子が悪くなると、この負のループが始まります。ひどい時になると、気づいたら30分たってた!!!なんてことも。わお。
(T_T)/~~~

劣等感を克服するカギは、課題の分離?

なんでこんな負のループに入ってしまうのかというと、それはずばり、「他人が自分のことをどう思っているか」を気にしすぎるから、なんですよね…。

そこから抜け出すはじめの一歩を踏み出すための方法の一つが、「課題の分離」という考え方なんじゃないかと私は考えています。↓

イライラしない子育てをする方法 ―課題の分離という考え方―
イライラしない子育てをするために必要な考え方の一つが、課題の分離。課題の分離ができれば、目の前の景色が少しシンプルになります。ビンボーパパは、この課題の分離を子育ての中で実践してみました。課題の分離とは…

それじゃあ、具体的に課題をどう分離したら、はじめの一歩を踏み出せるんでしょうか?

…長くなりそうなんで、続きは次回ってことで!↓

劣等感について(2) ―劣等感をいい方向に利用するために―
私たち誰もが持っている劣等感。これはよくも悪くも作用します。もしも劣等感をいい方向に利用したいなら、私たちが行動するときの「目的」を考えましょう。「目的」が変われば「行動」が変わる!「行動」が変われば「人生」が変わる!!
もっと筋肉をつけたい娘ちゃん。筋トレしながらせんべい食べてます(笑)。

もっと筋肉をつけたい娘ちゃん。筋トレしながらせんべい食べてます(笑)。

出典:『デジタル大辞泉』
岸見一郎、古賀史健 (2013)『嫌われる勇気』ダイヤモンド社​