承認欲求は人を苦しめる?

とある公園にて。息子ちゃんにモデルをやってもらいました。^ ^
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ビンボーパパです。

突然ですが、けん玉にハマってしまいました。
さっそくメルカリでマイけん玉を買って、家でたまーに練習しています。
目指せ、「もしかめ」10回(もしかめが分からない人はググってね)!!!
(^^ゞ

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承認欲求とは

承認欲求という言葉があります。これは、他人に自分の価値を認めてほしい、と思う心理のことです。

例えば、晩ご飯を食べた後に子どもが食器を下げて、お母さんが「よくできたねー。えらいっ!」と褒めてくれたとします。すると、子どもは褒められたことが嬉しくなって、「僕はお母さんの役に立てた」と感じます。
(*^^*)

例えば、学校の宿題を完璧にやってきた子が次の日の朝、担任の先生に「えらいっ!君はさすがだなー」と褒めてくれたとします。すると、子どもは褒められたことが嬉しくて、「僕は勉強ができる。先生に認められたんだ」と感じます。
(*^^*)

こんな感じで、誰かに褒められたり喜ばれたりすることによって、「私には価値がある」「私は誰かの役に立っている」「私は他人から認められている」と思える。そんな風に「私には価値がある」と思いたい、という心理が承認欲求です。↓

私は家族の役に立っている ―他者貢献という考え方―
人が幸福を感じるとき、それは「私は誰かの役に立っている」と感じられる時である。「嫌われる勇気」にはこう書いてあります。誰からも感謝されない上にとても大変な子育ての中で、どうすれば幸せを感じられるのか?私の答えは、…貢献感です。

今回は、この承認欲求について書こうと思います。

この公園、眺めがよくて小ぢんまりしてるので、私のお気に入りの公園です。(^^♪

この公園、眺めがよくて小ぢんまりしてるので、私のお気に入りの公園です。(^^♪

承認欲求は人を幸せにしない

岸見一郎さん・古賀史健さんは、承認欲求は人を苦しめる、承認欲求に縛られていては、人は幸せにはなれない、と言っています。

他者から承認してもらおうとするとき、ほぼすべての人は「他者の期待を満たすこと」をその手段とします。適切な行動をとったらほめてもらえる、という賞罰教育の流れに沿って。しかし、たとえば仕事の主眼が「他者の期待を満たすこと」になってしまったら、その仕事は相当に苦しいものになるでしょう。なぜなら、いつも他者の視線を気にして、他者からの評価に怯え、自分が「わたし」であることを抑えているわけですから。

『嫌われる勇気』(p.137,138)

つまり、人が承認欲求に縛られると、「他者の期待を満たすこと」ばっかり気にするようになる。「他者の期待を満たすこと」ばっかり気にするようになると、その人の生き方は苦しくなる、ということです。
(¬_¬)

他者の期待を満たそうとする生き方

他者の期待を満たそうとすると、周りの人の顔色を伺いながら過ごすようになります。

親から怒られないように親の顔色を見たり、先生に褒められるために先生の顔色を気にしたり…。褒められたり喜んでもらったりしてるうちはいいでしょう。誰だって、人に褒められたり喜んでもらったりして、嬉しくない人なんていないはずですから。

でも、人と人が関わっていると、当たり前ですが、どこかで何かしらのトラブルが起こります。そして、私たちそれにすぐ気づきます。

それは相手からのあからさまな文句・怒り・悪口かも知れないし、無視かも知れないし、陰口かも知れません。実はもっと細やかな部分で、会話してる時の目や眉毛の動きとか、しゃべるトーンとか…。言い出したらキリがありませんが、私はそんなところにとっても敏感なんです。だから、今挙げたような何かしらの異変を相手から感じると、すぐに不安になったり、「私、なんか悪いことしたかな…」って考え込んだりしてしまいます。

他者の期待を満たそうとする人にとって、今書いたように他者を怒らせたり、他者から嫌われたりするということは、恐ろしいことです。厳密に言うと、相手が自分自身に対して何を考えているのか・どう感じているのかなんて分かりっこありません。だから、「他者から嫌われる」ことが恐ろしいというよりは、「他者から嫌われているんじゃないかと疑う(考えてしまう・悩む)」ことが、その人にとって恐ろしいことなんだと思います。
Σ(・□・;)

だって、それはつまり他者の期待を満たせなくなる、ということですから。他者(自分の周りにいる人)は、自分に対して何かしら「こうしてほしい」「こうであってほしい」と思っています。それが満たされなかったり、裏切られたりするから、他者は自分に対して怒ったり嫌ったりするんですよね。

意識はせずとも、無意識のうちに周りの視線が気になったり、話し相手の顔色や声色が気になったり…。他者の期待を満たそうとする人は、どうしてもそんな感じの生き方になってしまうんじゃないかと思います。

なんでそう思うのかというと、私が承認欲求の塊のような人間だからです。
(ー ー;)

親子で散歩中の人を見かけました。なんかいいですね…。^ ^

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ビンボーパパと承認欲求

私自身の承認欲求について、ある忘れられない思い出があります。

それは、私が確か小学校3,4年生だった頃の話だと思います。

小学校の算数のテストにて

ある日、算数のテストがありました。私の机は、担任の先生の机の目の前にあったので、先生には私が問題を解く姿がよく見えていました。

そこで私はどこかの問題を間違えてしまい、消しゴムで解答を消して書き直しました。その様子を見てた先生は、「おっ!間違いがあったんじゃね。気づいてよかったね。」と褒めてくれました。

この時私はとても嬉しくなって、こう思いました。

「僕が解答の間違いに気づいて書き直したら、先生が喜んでくれた!もっと間違えなきゃ…」

問題を間違えたふりをした

そして私は、間違えてもいない解答をわざと消して書き直して、間違いを見つけたふりをしました。その度に先生は、「また間違いを見つけたんじゃね!問題を見返しとってよかったねー」と言って喜んでいました。…正直に言うと、先生が喜んでたのかどうかは今となっては分からないんですが、当時の私はそう思っていました。

結局、3、4回くらい間違えたふりをしたような気がします。

当時の私にとっては、こうやって人に喜んでもらえる・褒めてもらえることがとても嬉しかったんです。

ただ、今になって思うのは、「なんでそんなに先生のことばっかり気にしてたんだろう…」ということです。

ただ先生に褒められるために

別に問題の解答が間違いじゃないんなら、そのまま置いておけばよかったんです。

だって、算数のテスト問題を解くのは、自分の今の実力・理解度を測るためです。先生に褒められるために解くわけじゃありません。それをわざわざ消して書き直して、ただ先生に褒められたい一心で、今思えばいらんことをしてたわけです。

褒められたい=嫌われたくない?

褒められるのが嬉しい、褒められたい。それは裏を返せば、怒られたくない、嫌われたくない、ということです。

まさにその通りで、私は褒められるのが大好きな反面、怒られたり嫌われたり(嫌われてるんじゃないかと疑ったり)することに耐えられない人間でした。でした、というか現在進行形なんですが…(笑)。↓

私の悩み ―私は他人から嫌われたくない―
ビンボーパパは、他人から嫌われたくなくて仕方がありません。「嫌われる勇気」に出てくる青年もビンボーパパと同じく、他人から嫌われたくなくて仕方がありません。私と青年の姿が重なる様子に、私の心はこの本にすっかり魅了されてしまいました…

ただ、多くの人は私と同じような考えを持ってるんじゃないのかなぁ…とも思っています。
(´・_・`)

嫌われることを恐れない人

そして、考えてみてふと気づくんですが、私が尊敬している人はみんな、他人から嫌われることを恐れない人間なんです。

りゅうちぇる

例えばりゅうちぇるとか。

私はあんまり地上波のバラエティ番組を見ないんで、りゅうちぇるを見かけるのはたまーになんです。なんですが、彼はおもしろいコメントをする一方で、自分の主義・主張がはっきりとしています。たとえ自分の意見が1対9で劣勢になっても、絶対に自分の意見を曲げません。…私が見る限りはね。そこに私はとーっても尊敬するんです。

上念司さん、青山繁晴さん

あとは経済評論家の上念司さんとか、自由民主党参議院議員の青山繁晴さんとか。

政治・経済分野の人なんで、知らない人が多いかもしれませんが、彼らも自分の主義・主張がはっきりしていて、他人から嫌われることを恐れていないように感じます。自分がダメだと思うことは、それがたとえ日頃から仲がいい人であっても、はっきり「ダメ」だと伝える。そこを私は尊敬しています。気になった人がいたら、ぜひググってみてください。あとYouTubeで検索すると、彼らが出ている動画がたくさんありますよ。

ホリエモン

あと、実業家のホリエモン(堀江貴文さん)ですね。

彼は自分が思ったことをズバッと豪速球のように言う人なんで、時には炎上して叩かれまくることもあります。でも、叩かれても気にしない、そんな信念の強さをひしひしと感じる人です。ホリエモンの言動には賛否両論ありますが、私は、他人に嫌われることを恐れない強さを持っている人として、彼をとっても尊敬しています。

YouTubeには、ホリエモン自身がやってるチャンネルがあるんで、気になった人は探してみてくださいな。ちなみにホリエモンは、『嫌われる勇気』を名著として挙げていますよー。

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嫌われることを恐れない=自由?

どうして、今書いたような人を私は尊敬するのか?

…それはたぶん、今の私に足りないもの(他人から嫌われることを恐れないこと)を持っているからなんだと思います。そして、とっても自由に(自分に素直に)生きているように見えるからなんだと思います。自由に生きている人を見ると、私はその人に憧れます。

…ここまで、けっこう長くなってしまいました。次は、他人に嫌われることを恐れないこと、そして、自由に生きることについて書こうと思います。
( ̄^ ̄)ゞ

出典:岸見一郎、古賀史健 (2013)『嫌われる勇気』ダイヤモンド社​

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