生きるために働く人と、働くために生きる人(2)

娘ちゃんと洗濯もの。家事も子育ても、どれもちゃんとした「仕事」です!
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ビンボーパパです。

息子ちゃんが恐竜にハマってしまいました。ティラノサウルス、ブラキオサウルス、トリケラトプス、ヴェロキラプトル、プテラノドン、ステゴサウルス、モササウルス…。おかげで、私も恐竜に少し詳しくなりました。
(^^♪

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働くために生きている人とは?

前回から私は、生きるために働く人と、働くために生きる人について書いています。↓

生きるために働く人と、働くために生きる人(1)
人は生きるために働くのか、働くために生きるのか?…働くことと生きることは切っても切れません。でも、そのバランスが崩れて、働きすぎている人がたくさんいるような気がします。生きるために働くとはどういうことなのか…

この記事では、生きるために働く人とはどんな人か、人はなぜ生きるために働かなきゃいけないのか、について書きました。

その一方で、世の中には働くために生きている人もいます。以前私が仕事で関わっていた人(Aさん)が、まさにこう思える人でした。
( ˘ω˘ )

子どもちゃんの寝姿。これを見ると、「明日も仕事がんばろーっ」と思えてきます。

子どもちゃんの寝姿。これを見ると、「明日も仕事がんばろーっ」と思えてきます。

私が仕事で関わっていたAさんについて

出勤するのは、定時の1時間前

Aさんは、毎日7時半には職場に来てました。ちなみに定時は8時半からです。

Aさんが職場に着いたら、自分のデスクのPC端末を立ち上げて事務整理。Aさんが抱える仕事量にはハンパないものがありました。少しでも朝早く来て仕事しないと、こなせない量だったんでしょう。

そうこうしていたら出勤時間になって朝礼、その後はみんなと同じ仕事をすることになります。

時には、日付をまたいで帰ることも

この職場の定時は17時でしたが、Aさんの一日はここからが長いのです
(−_−;)

とにかく事務整理、事務整理、事務整理…。場合によっては夕方やってくる来客と立ち話をするし、送迎業務が残っている時もあるし、ちょっと離れたところにある別の事業所まで会議に行くこともあるし、施設の外の芝刈りなんて作業もあるし…。そんなこんなで気づけばあっという間に20時、21時。その間に周りの人は少しずつ帰っていって、気づけば、職場に残ってる最後の一人はだいたいAさんでした。

広島にある某大学の並木道にて。仕事中に見ると、癒されそうな写真です…。

広島にある某大学の並木道にて。仕事中に見ると、癒されそうな写真です…。

Aさんが帰るのは、だいたい22時くらいだったでしょうか。繁忙期には0時を過ぎたこともあったと思います。そこから帰って晩ごはんを食べてお風呂に入って寝て、それでまた7時半出勤ですよ?しかもほとんどサービス残業で。例に漏れず、Aさんも休日に職場に来ていました。ちなみに、Aさんが定時で帰る日は、月に数回あるかないかだったような気がします。

なぜ、あなたはそんなに働くんですか?

そんな風にAさんが働く様子をそばで見ていた私は、「ああ、この人、働くために生きてるんじゃないかなぁ…」と考えていました。私はAさんの部下ですから、私もそれなりに仕事量は多かったんですが、Aさんとは比べものになりません。

Aさんのあまりの激務っぷりを含めて、私たちが抱える仕事量が異常に多かったので、それに耐えかねた私がAさんに話しに行ったことがあります。

「Aさん。私は、Aさんの働き方を含めて、うちの事業所が抱える仕事量は異常だと思います。これについてAさんはどう思ってるんですか?おかしいと思わないんですか?これが普通なんですか?」と。
(・・?)

Aさんの答えはこうでした。

「確かに仕事量は多い。でも、その仕事によって利用者がうちに来てくれている。利用者が楽しんでくれている。それなら私はいくら仕事量が多くても構わない。別にそんなに休みがほしいわけでもないし。…確かに、あなたの家庭の事情を考えるとキツイとは思うけどね」

この言葉を聞いた時、私は「あぁ、この人の生き方は、私とは根本的に違うんだ…」と感じました。それと、「私はこの働き方でも構わない」と言う割には、仕事の時の表情がいつも冴えない(疲れていた)のが印象に残ってます。
(´・ω・`)

ワーカホリック(仕事中毒)な人について

私にとってAさんは、他の全てを犠牲にして仕事に全てを捧げている、生き方のバランスを欠いた人でした。いわゆるワーカホリック(仕事中毒)な人です。

岸見一郎さんと古賀史健さんは、ワーカホリックの人について、明らかに人生の調和を欠いた人だと言っています(『嫌われる勇気』)。

哲人:…ワーカホリックの方々は、人生の特定の側面だけに注目しています。おそらく彼らは「仕事が忙しいから家庭を顧みる余裕がない」と弁明するでしょう。しかし、これは人生の嘘です。仕事を口実に、他の責任を回避しようとしているにすぎません。本来は家事にも、子育てにも、あるいは友人との交友や趣味にも、すべてに関心を寄せるべきであって、どこかが突出した生き方などアドラーは認めません。

…(中略)…

「仕事」とは、会社で働くことを指すのではありません。家庭での仕事、子育て、地域社会への貢献、趣味、あらゆることが「仕事」なのであって、会社など、ほんの一部にすぎない。会社の仕事だけしか考えないのは、人生の調和を欠いた生き方です。

『嫌われる勇気』(p.248,249)

私は前回の記事で、「誰かの役に立つ」ための手段のひとつが仕事なんです、と書きました。上に挙げた引用になぞらえれば、私が挙げた「仕事」は狭義の意味での「仕事」みたいです。つまり、会社に行って働いてお給料を稼ぐって意味での「仕事」。「仕事行ってくる」とか「今日は仕事休みじゃけえ」って言う時の「仕事」ですね。

それと比べて岸見さん・古賀さんが言っているのは、「狭義の『仕事』以外にも、家事・子育て・交友関係・趣味…あらゆることが『仕事』である。そのすべてに関心を寄せないといけない」ということです。

なぜすべての事柄に関心を寄せるべきなのか?

なぜすべての事柄に関心を寄せないといけないのか?これを書き始めるとながーくなるので、ぜひ「嫌われる勇気」を読んでほしいんですが、簡単に書くとこんな感じです。

幸せも、孤独も、周りに人がいるから感じられる

私たちは、生きていく中で孤独を感じたり、幸せを感じたり、劣等感を感じることがあります。ここで言う孤独も、幸せも、劣等感も、私の周りに誰かがいるからこそ感じられるものです。宇宙の中で一人きりなら、「孤独」という概念さえ出てこないはずです。劣等感もそう。だって、自分以外の他に誰かがいるからこそ、その人に比べて私は劣っている、つまり劣等感を感じるんですから。

「幸せ」もそう。宇宙の中に一人きりなら、おそらく幸せを感じることもないでしょう。自分の周りに誰かがいて、その人の役に立てたと感じられた時、はじめて「幸せ」を実感するんです。
(*´∇`*)

対人関係に踏み込まないと、幸せにはなれない

つまり、孤独とか幸せとか劣等感とか、私たちがいろんなことを感じる時、その周りには必ず誰かの存在(対人関係)があります。だから、私たちは対人関係の中でしか「幸せ」を感じられないんです。そして、私たちはみんな「幸せでありたい、幸せに暮らしたい」と願っています。幸せな生を願わない人なんていないはずです。

また、狭義の「仕事」以外の家事・子育て・交友関係・趣味…これらすべてはやっぱり対人関係を含んでいます。

だとしたら、もしも私たちが幸せであろうとする時、狭義の「仕事」だけじゃなくって、他のいろーんな対人関係にも興味・関心を持たなきゃいけないんじゃないの?
(・ω・)ノ

…ということです。

息子ちゃんは恐竜に超夢中!彼にとっての恐竜は、仕事であり、趣味であるのかもしれません…。

息子ちゃんは恐竜に超夢中!彼にとっての恐竜は、仕事であり、趣味であるのかもしれません…。

(『嫌われる勇気』)

簡単に書くと、と言いながら、全然簡単に書けませんでした(笑)。詳しく知りたい人は、「嫌われる勇気」を読んでみてください。

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サービス残業と過労死は、「勤勉は美徳」のせい?

なんか日本って、外国と比べて「勤勉が美徳」っていう風土・文化があるみたいです。「勤勉が美徳」っていう言葉そのものは、美しいのかも知れません。でも、そういう文化が原因でサービス残業が蔓延したり、過労死が相次いでいるんだとしたら、かなり異常に思えます。

過労死がニュースに取り上げられる時、過労死ラインという言葉が出てくることがあります。これは、時間外労働時間が直近1ヶ月で100時間以上、または直近2ヶ月~6ヶ月の平均が80時間以上の状態を言うそうです。↓

過労死ラインは何時間?(
業務の「困った」をスッキリ解決!過労死ラインは何時間?(人事労務Q&A)
「過労死ライン」は月80時間?100時間?命を守る数字について知っておきたいこと
そもそも過労死ラインって何のこと?

さっき取り上げたAさんの時間外労働時間をざっくり計算してみると、月88時間でした。これを毎月続けていたということは、つまり、Aさんが過労死ラインを超えて働いていた、ということです。
( ̄O ̄;)

ただ、私の周りにはこう言う人もいます。

「昔は過労死ラインなんてなかった。今よりよっぽど働いてたし、それで死ぬ人なんていなかった。ただ、もう時代が変わったんだよね。」

その言い方だと、まるでこんな風に言ってるように聞こえます。

「月100時間の残業なんて当たり前。ちょっと残業したくらいで文句言うなよ…。本当はもっと残業してもいいと思ってるんだけど、世間的にそれはまずいから、仕方なく残業減らしましょうって言ってるだけだし…。」

もしも今書いたようなことが発言の真意だとしたら、私は「それ、間違ってるんじゃないの?」って思ってしまいます。

まとめ

今回言いたかったことは、「仕事中毒(ワーカホリック)にならないで」「自分の人生・あるべき生き方をしっかり持って」「仕事も大事だけど、家庭も、趣味も、交友関係も大切にしてね」ってことです。

人のふり見て我がふり直せ、と申します。私も他人の人生についてあれこれ言うだけじゃなくって、自分の生き方についてもう少し真剣に考えてみようと思います。

出典:岸見一郎、古賀史健 (2013)『嫌われる勇気』ダイヤモンド社​

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